2025年の税制改正により、「年収の壁」が見直されました。長らく所得税がかからない基準であった「103万円の壁」は160万円に引き上げられ、さらに令和8年度税制改正により178万円への引き上げが実現しました。
本記事では、「178万円の壁」の概要と給与計算実務への影響について解説します。
※本記事に記載している法律や制度は、2026年3月時点のものです。最新の公的な情報をご確認ください。
160万円の壁とは
「160万円の壁」とは、給与所得者の所得税がかからない年収の基準のことです。基礎控除95万円と給与所得控除の65万円を合計した額が160万円であるため「160万円の壁」と言われています。
この章ではどのように壁の基準が変化していったのか、また、なぜ2025年はこの「160万円の壁」が適用されたのかを解説します。
103万円の壁が160万円へ
従来、給与所得者は年収が103万円までの場合、所得税がかかりませんでした。この「103万円」は基礎控除の48万円と給与所得控除の55万円の合計です。
この「103万円の壁」という非課税基準は、基礎控除と給与所得控除が30年近く実質的に据え置かれてきたため、長期間にわたって変化がありませんでした。
しかし、2025年に基礎控除額と給与所得控除額は見直されています。この改正により「103万円の壁」も変化し「160万円の壁」となりました。
関連記事:社会保険における106万円の壁とは?103万円の壁の160万円への引き上げとは?
基礎控除と給与所得控除
基礎控除と給与所得控除とはどのような制度なのか、改めて確認したい方もいるでしょう。2025年に何がどのように改正されたのか、簡単にまとめるので参考にしてください。
基礎控除
すべての納税者が所得税(および住民税)の計算において、所得金額から差し引くことができる控除です。所得が一定の水準を超えると段階的に減額され、最終的には適用されなくなります。
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改正前の基礎控除額 |
2025年の基礎控除額 |
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48万円 |
95万円(所得132万円以下) |
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88万円(所得132万円超 336万円以下) |
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68万円(所得336万円超 489万円以下) |
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63万円(所得489万円超 655万円以下) |
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58万円(所得655万円超2,350万円以下) |
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48万円(所得2,350万円超2,400万円以下) |
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32万円(所得2,400万円超2,450万円以下) |
32万円(所得2,400万円超2,450万円以下) |
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16万円(所得2,450万円超2,500万円以下) |
16万円(所得2,450万円超2,500万円以下) |
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0円(所得2,500万円超) |
0円(所得2,500万円超) |
出典『基礎控除』(国税庁)
給与所得控除
個人事業主が実費を経費にするのと同様に、会社員やパートなどの給与所得者にも年収に応じた一定額を「みなし経費」として認める仕組みです。個別に経費精算する代わりに、年収から機械的に差し引き税負担の公平性を保っています。
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改正前の給与所得控除額 |
2025年の給与所得控除額 |
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55万円(収入1,625,000円まで) |
65万円(収入190万円まで) |
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収入金額×40%-100,000円 (収入1,625,001円から1,800,000円まで) |
収入金額×30%+80,000円 (収入1,900,001円から3,600,000円まで) |
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収入金額×30%+80,000円 (収入1,800,001円から3,600,000円まで) |
収入金額×20%+440,000円 (収入3,600,001円から6,600,000円まで) |
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収入金額×20%+440,000円 (収入3,600,001円から6,600,000円まで) |
収入金額×10%+1,100,000円 (収入6,600,001円から8,500,000円まで) |
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収入金額×10%+1,100,000円 (収入6,600,001円から8,500,000円まで) |
1,950,000円 (収入8,500,001円以上) |
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1,950,000円 (収入8,500,001円以上) |
出典『給与所得控除』(国税庁)
基礎控除の95万円と給与所得控除の65万円の合計が160万円であることから、「160万円の壁」と言われています。
適用時期と給与計算への影響
「年収の壁」が変更されると、給与計算業務にどのような影響があるのでしょうか。ここでは、給与計算の担当者に求められる対応事項を解説します。
源泉徴収税額の計算
年収の壁の見直しにより、月次の源泉徴収税額は改正後の源泉徴収税額表に基づいて計算します。ただし、法改正の施行時期によっては改正前の税額表が一定期間適用される場合があり、その際の差額は年末調整で精算されます。
そのため、使用している税額表が該当年分の最新のものであるか、必ず確認しましょう。
扶養控除等申告書の書き方
「扶養控除等申告書」とは給与所得者が会社に提出する税務関係の書類です。会社はこの扶養控除等申告書をもとに従業員の家族情報などを把握し、源泉徴収税を決定します。
近年の法改正により扶養家族の要件も変化しているため、制度を正しく理解した上で適切にご案内ください。なお、扶養控除等申告書は、仮に非課税者であっても年収にかかわらず提出が必要なので注意しましょう。
年末調整
年末調整は、「年収の壁」の変化で最も影響を受ける業務です。「年末調整」では、その年の従業員の所得税の算出をし、所得税の還付や徴収を行います。
近年の改正では所得によって基礎控除の金額が大きく変わっているため、基礎控除の金額が誤っていないか十分に確認しましょう。また、法改正の施行時期によっては月次源泉徴収との差額が還付される従業員が増える場合があります。
住民税への影響
所得税はその年の所得から税額を算出しますが、住民税は前年の所得をもとに計算され、翌年6月から適用されます。
2025年の税制改正により、給与所得控除の引き上げに伴い住民税の非課税基準も100万円から110万円に引き上げられ、この改正は2026年6月以降の住民税から反映されます。さらに2026年分の所得税改正(178万円への引き上げ)による住民税への影響は、2027年6月以降の適用となります。
従業員への説明や住民税の特別徴収事務においても、適用時期のずれを念頭に置いて対応しましょう。
178万円の壁とは
「178万円の壁」とは、令和8年度税制改正により2026年分の所得税から適用される、給与所得者において年収178万円までは所得税がかからないという基準のことです。
令和8年度税制改正の主な内容は以下の通りです。
- 基礎控除・給与所得控除を物価連動で引き上げる(恒久措置)
基礎控除58万円→62万円、給与所得控除65万円→69万円(合計123万円→131万円) - 中低所得者を対象に控除額を上乗せし課税最低限を178万円まで引き上げる(2026年・2027年の時限措置)
基礎控除104万円(本則62万円+時限上乗せ42万円※)+給与所得控除74万円=178万円 - 高額所得者の負担適正化
※基礎控除の時限上乗せ42万円の金額は、年収200万円超の場合段階的に縮小されます。
出典『令和8年度税制改正の大綱の概要』(財務省)※法案は2026年3月31日に成立
160万円の壁が178万円に引き上げられる背景
「年収の壁」が見直されることになった背景には、主に以下の要因があります。
- 物価上昇や賃金水準の変化
- 人手不足の深刻化
- 2024年12月に交わされた「三党合意」
物価上昇や賃金水準の変化
近年、物価上昇や最低賃金の引き上げにより、労働者の賃金水準は大きく変化しています。一方で、「年収の壁」は長年据え置かれてきたため、現在の経済環境との乖離が生じています。このような状況を背景に、非課税枠の水準について見直しの必要性が指摘されてきました。
人手不足の深刻化
パート・アルバイト労働者の中には、「年収の壁」を意識して就業時間を調整する動きが見られます。その結果、本来就業可能な時間が抑制され、人手不足の一因となっていました。特に、いわゆる「103万円の壁」を意識し、年末にかけて就業を控える動きが顕著に見られていました。
三党合意
2024年12月、自民党・公明党・国民民主党の三党合意において、「103万円の壁」を引き上げる方針が示されました。この合意を受けて、2025年はまず「160万円」への引き上げが実現しました。
さらに2025年12月には自民党・国民民主党を中心とした合意により「178万円」への引き上げが令和8年度税制改正大綱に明記され、2026年3月に関連法が成立しました。
「178万円」という基準は、最低賃金の上昇率を根拠とした考え方に基づいています。「103万円の壁」が設定された1995年の最低賃金は、全国平均で611円でした。一方、2024年の最低賃金の全国平均は1,055円と、1995年時と比べて約1.73倍になっています。
こうした最低賃金の上昇率を踏まえ、「年収の壁」についても103万円を1.73倍して「178万円」という水準が算出されました。これがいわゆる「178万円の壁」の根拠です。
160万円の壁・178万円の壁の注意点
「年収の壁」には、税金だけでなく、社会保険上の壁や、同じ税制度の中でも扶養者が配偶者控除や扶養控除を受けられるかどうかに関わる年収の壁が存在します。
社会保険の壁とは別制度
「年収の壁」は税金だけでなく社会保険にも存在します。いわゆる「106万円の壁」と「130万円の壁」です。
「106万円の壁」とは、社会保険の加入義務が発生する基準です。従業員数が常時51人以上の企業で働く場合に、勤務先の社会保険に加入する義務が発生するおおよその年収を指します。なお、2025年6月に成立した年金制度改正法により、この賃金要件は2026年10月をめどに撤廃される予定です。
これに対して「130万の壁」は社会保険における被扶養者の要件に関する基準です。被扶養者の年収が130万以上になると扶養からはずれ、自身で国民健康保険料や国民年金保険料を払う必要があります。
ただし、2026年4月からの被扶養者認定ルールの見直しにより労働契約書に規定のない残業代は年収の算定に含めないこととなりました。そのため、残業代などにより130万円を超えたとしても、当初の労働契約上の年収見込みが130万円未満と定められていれば扶養内にとどまることができるようになりました。
扶養控除・配偶者控除への影響
「年収の壁」は、本人に所得税が発生するかどうかの基準だけでなく、税法上の扶養にも存在します。「年収の壁」が変化することで扶養の壁も変化しますので注意が必要です。
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控除の内容 |
被扶養者の年収要件 |
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配偶者控除 |
配偶者が要件を満たした場合 38万円の所得控除が受けられる |
123万円以下 |
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配偶者特別控除 |
配偶者の年収が配偶者控除の年収要件を超えても段階的に所得控除が受けられる制度 |
123万円超201万6,000円(160万円以下であれば配偶者控除と同じ額の控除が受けられる) |
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扶養控除 |
16歳以上の配偶者以外の扶養親族が対象、38万円の所得控除が受けられる |
123万円以下 |
出典『家族と税』(国税庁)
年収の壁対策なら給与計算アウトソーシング
近年、「年収の壁」の複雑化にともない、人事業務の負担が増えています。毎月の給与計算業務の効率化を図るために、給与計算アウトソーシングの利用も有効でしょう。
給与計算アウトソーシングの主なメリットをまとめたので、ぜひ参考にしてください。
専門知識と法令遵守の強化
アウトソーシングサービス企業は、税法や社会保険制度、地方自治体の運用ルールなどに関する専門知識を有しています。そのため、社会保険料控除の自動計算にとどまらず、頻繁に行われる法改正や制度変更にも迅速に対応することが可能です。
また、法令に基づいた運用体制が整備されることで、税務処理や自治体への届出におけるミスや不備のリスクを抑えられます。多くの給与計算アウトソーシング企業では、社会保険労務士や税理士と連携した体制を構築しており、専門家の知見を生かした運用が行われています。
ミスの防止と正確性の向上
給与計算アウトソーシングでは、クラウド型の給与計算システムと専門スタッフによる運用を組み合わせて業務を行うのが一般的です。社会保険料控除や税額計算などの処理を標準化し、計算ミスや入力ミスの発生を抑えることができます。
給与計算の精度が向上すれば、従業員からの問い合わせや自治体とのトラブルの発生リスクを低減できる点もメリットといえるでしょう。
業務負担の軽減と生産性向上
給与計算業務は、勤怠データの確認や控除計算、各種届出など複雑な工程が多く、人事部門の負担が大きくなりがちです。アウトソーシングを活用することで、こうした定型業務を外部に委託でき、人事担当者はより付加価値の高い業務に時間を割けるようになるメリットがあります。
例えば、採用活動や人材育成、タレントマネジメントなどの戦略的人事業務にリソースを配分することで、部門全体の生産性向上につながるでしょう。
コスト削減と柔軟な運用
給与計算を内製化する場合、専任担当者の人件費に加え、システム導入・保守費用、制度変更への対応など一定のコストが継続的に発生します。アウトソーシングを利用することで、これらの固定費を変動費化できる点がメリットです。
また、企業の成長や組織再編に伴い従業員数が増減する場合でも、体制を柔軟に調整できる点は大きな利点といえます。採用や配置転換など人員計画に左右されにくく、給与計算業務を安定して運用できます。
信頼性と従業員満足度の向上
勤怠管理や給与計算を正確に運用できる体制を整えられる点も、アウトソーシングのメリットの一つです。給与計算や税務処理に関するミスや不安を減らし、従業員からの信頼確保にもつながるでしょう。
さらに、多くのアウトソーシングサービスでは、スマートフォンやWebポータルを利用したセルフサービス機能を提供しています。給与明細の閲覧や各種書類の受け取りをオンラインで完結できるため、従業員と人事部門双方の利便性向上にも寄与します。
まとめ
「178万円の壁」とは、2026年分の所得税から適用となる「所得税がかからない基準」を指します。178万円以外にも、税法上の扶養に関する壁や社会保険の加入基準に関する壁が存在するため、それぞれを正確に理解することが重要です。
特に、社会保険と税金は別制度として、切り分けて考えることがポイントとなります。制度の違いを正しく把握し、給与計算業務や従業員対応に適切に反映させましょう。
